[体験談]浮気・暴力・洗脳…DV旦那と離婚できなかった理由

記事の著者:Kanako
実録・DV離婚。今回紹介するのは大阪府在住の山本さん。現在は介護職に従事しながら、7歳になるお子さんを育てています。彼女にはどんなDVが待ち受けていたのでしょうか。


うつむく女性

私は7歳の子を持つシングルマザーです。数年前に結婚し、幸せな家庭を築こうとしましたが、旦那のDVや浮気癖がひどく、辛い日々を送りました。

外面はいいのに、家では全く違う顔を見せる旦那に長い間苦しんできました。今は離婚していますが、DV旦那から離れるのは簡単ではなかったです。

今回はDVによって洗脳された私の経験をお話します。

1.DV旦那との出会い~初めは好印象

今となっては笑い話ですが、当時「なぜ、あんなDV旦那と結婚したの?」とよく聞かれました。

元旦那との出会いは友人の結婚式。当時はとてもマメで、誠実。性格も明るく優しくて、何より一緒にいて楽しい存在でした。車のディーラーで営業職をしており、収入も安定していました。

元旦那は誰にでも愛想が良く、私の友人も「優しくて男らしくて、いい人を見つけたね。」と喜んでいました。こんな理想の人はいないし、頼もしい人だと思っていました。

しかし当時から私の家族だけは反対していました。その反対を押し切り、交際1年で結婚。しかし、すぐに最初の事件が起こりました。

2.浮気を問い詰めると逆ギレ

ある日彼の携帯電話に着信がありました。ディスプレイには「涼子」という名前の表示。

女友達はいないと言っていたので、誰なのか気になって旦那に尋ねると、「仕事関係の人だよ」と教えてくれました。

いつもと違う様子が気になり、携帯のメールを見せてもらいました。

「最近会えなくて寂しかったけど昨日は会えて嬉しかったよ。今度はちゃんと避妊してね。」

メールの内容に一瞬で修羅場に。私は彼を問い詰めて、その浮気相手に会いに行きました。その子は1年半前から付き合っていると言います。

完全に二股だったので、旦那にその怒りをぶつけると、今までに見たことのない表情で逆ギレ。

自分の非を認めるどころか、その子と私が会話をしたことが気に入らない様子でした。

一回はその浮気相手に会ってもいいと納得していたのに、気づけば「お前は人間失格だ」「偽善者」「旦那の浮気くらいで怒るなんて嫁失格だな」と責められるようになっていました。

当時は、お腹に新しい命が宿ったばかりの頃。ケンカになると浮気相手のところに逃げたくなるようで、「子供のために行かないで!」と言うと、殴る・蹴るなどの暴力を受けました。

3.言葉の暴力・監視される生活

暴力を受ける日々が約5年ほど続きました。その頃、私が一人で出かける時は、電話で旦那に許可をとらないといけない状態になっていました。1時間おきに電話がかかってきて、その電話に出なければ「浮気してる最低の女」「母親失格の浮気女」と責められ、お風呂すらゆっくり入れませんでした。

スーパーに行くのも、子供を迎えに行くのも、旦那の許可なしでは行けないほどの監視生活。考えられないかも知れませんが、この生活を当たり前だと思っていたので、明らかに暴力に洗脳されていたと言えます。

旦那の浮気はおさまるどころか、次から次へと相手が変わり途切れることはありませんでした。

無事子どもは産まれましたが、入院中電話に出れず、病室で殴られたこともありました。子どもを抱えてただただ悲しくて辛い日々。旦那は別の女と暮らしていました。

一緒に生活したのは、最初の数か月。いつも気まぐれに帰宅しては、また出ていくので、なるべく旦那を怒らせないよう静かに暮らしていました。

「この人はいつか変わってくれる」

そう思いながら生活しましたが、頑張れば頑張るほど心は壊れていきました。

4.DVは治らない

ある時、旦那に殴られて耳の鼓膜が破れました。

とっさに旦那は「病院へ行こう」と提案してくれました。「優しい旦那に戻った」と思ったのも束の間、「警察に通報されたら困る。だから病院に連れて行った。」と言い出す始末。

私の中で何かが音もなく崩れていくのが分かりました。そのときようやく「離婚」の2文字が私の脳内をよぎりました。

親の反対を押し切って結婚したので、親には相談できなかったのです。

結婚してから外出が難しくなり、旦那の状況を話せる友人は1人しかいませんでした。自分でも「この人の本性を話せば、必ず離婚を勧められる。」と気づいていましたが、旦那から逃げられるとも思っていませんでした。

5年もの間、私は旦那を怒らさないよう、ひたすら耐えていましたが、子供や親戚の前では「いい夫婦」を演じなければいけなかったのです。そんな折、離婚を決意する決定的な出来事が起こりました。

5.不倫相手からの電話。そして離婚を決意

ある日、旦那の不倫相手から電話がかかってきました。

「今まですみませんでした。許してください。」

旦那の不倫相手はコロコロ変わるので誰だか分かりませんでした。しかし話しているうちに、その相手が未成年だということを知りました。

旦那を問い詰めると「相手の親からは承諾得ている。だから法律的に問題はない。」と意味の分からない逆ギレ。ようやく私も「離婚しよう」と声に出すことができました。

その日からです。旦那の態度が180度変わりました。異常に優しくなり、家にいる時間が長くなったのです。

一方で「俺が浮気したから、お前も浮気してるんだろ?」「最低な母親だ」と、相変わらず言葉の暴力は続きました。

その頃、DVに詳しい専門家にたまたま出会いました。自分の状況を話すと、「あなたは自分がDVを受けていることに気づいていますか?」と言われました。

意外かもしれませんが、私はこの言葉を聞くまで、「自分は旦那の言うとおり、ダメな母親なんだ。人間失格だ。」と勝手に思い込んでいたのです。

6.子どもの前で私を殴る旦那

私は旦那から受けてる暴力がDVだということに気づき、周りに救いを求めました。役所ではDVに詳しい専門家に相談しました。

長い間「自分が悪い」「私のせいで旦那がこうなんだ」と思い込んでいたので、自信をすっかりなくし、途中で心が折れそうになりました。

でも周りの人から、「この状況の中で、よく子どもを育ててきましたね。すごいですよ。でも、辛そうなお母さんを見ている子どもはもっと辛いと思うよ。」と言われ、子どものためにも、この状況をなんとか変えなければといけないと思いました。

子どもには一切手を出さない旦那でしたが、子どもの前でも平気で私を殴ります。

「子どもが成人を迎えるまでは婚姻関係を続けよう」と思って苦しんでいましたが、ようやく離婚の決意が固まりました。

7.ついに離婚が成立

旦那に洗脳されてきた私。離婚する準備に取り掛かりました。相手がDV夫だと分かった途端、周囲の人も協力的でありがたかったのを覚えています。

旦那は喧嘩をすると、自分の名前を書いた離婚届を私の前に持ってきました。私が別れない女だと高をくくっていたのでしょう。謝罪するとその場で破り捨てることが多かったです。

その流れを利用して、次に旦那が離婚届を持ってきたときには、謝らずに離婚届をもらう作戦を考えました。

最初の2回は、なかなか謝らない私にしびれを切らして自ら離婚届を破りだす始末。ただ3回目は、怒りながら離婚届を置いて別宅へ帰っていきました。

「やっと離婚できる..!」

後日、旦那に離婚届を提出したことを伝えると、「本気で離婚するつもりで書いたんじゃない!」「無効だ!」と言いましたが後の祭り。離婚届は無事受理されました。

8.離婚して手に入れた自由な生活

元旦那は私が働くことを嫌がる人でしたが、離婚後は「自分で稼いで子どもをしっかり育てよう」と、元々働いていた介護の現場に復帰しました。

子どもは怯えることもなくなり、笑顔が増えました。長年連絡を取っていなかった友人や親と自由に会えるようになりました。

離婚してから、自分の生活を取り戻すことは大変でした。元旦那のトラウマせいで、出会いがあっても中々恋愛する気が起きません。今でも恋愛はできていません。

でも、支えてくれる人はいます。昔は何をするにも旦那に電話する必要がありましたが、今は電話を忘れても誰にも責められません。

金銭的にはで苦しいですが、自由な生活を送れることに感謝しています。今は専門家の意見を聞いて引っ越しを計画中です。

9.自分らしく生きるために

夫のDVで悩んでいる人に考えてほしいことは、今の生活のままで本当に幸せなのかということです。

旦那の顔色を伺って最近笑えていないなら、今後の生活について見直したほうがよいのかもしれません。

自分の人生を生きられているのかということを真剣に考えてほしいです。もちろん離婚が絶対正解だとは思いませんが、我慢しているうちに自分を失くしてしまうことほど、辛いことはありません。

離婚すると経済的には大変ですが、児童福祉手当や子供手当もありますし、医療費も安くなります。

離婚後は働く時間が増えたので、子どもとの時間は少なくなりましたが、毎朝「お仕事頑張ってね!」とハイタッチしてくれる子どもの笑顔に救われています。

DVで悩んでいる人が、自分らしく生きられるよう応援しています。