ジェンダーフリー教育とは?:批判の声が上がっている理由は

記事の著者:Kanako

「男の子なんだから、もっと外に出て元気よく遊んでいらっしゃい」や「女の子なんだから、おしとやかに振る舞っていなさい」と言われて育った人は、少なくないでしょう。こうした「男らしさ」や「女らしさ」など男女の性差に基づく固定概念を解消することに重きをおいた教育方法が、ジェンダーフリー教育と呼ばれています。

ただ、その実態については様々な議論が。一体、ジェンダーフリー教育とは何なのでしょうか?

そもそも「ジェンダーフリー教育」というカリキュラムは存在しない

世界経済フォーラムによれば、男女格差の度合いを示す「ジェンダーギャップ指数」の日本のランキングは、114位。144か国の中でも低いランクにとどまっており、ジェンダー格差が大きい国です。世界的に男女平等の声が高まっている中で、ジェンダー差別を解消しようという動きがあるのは、当然のように思います。

しかし実際には、ジェンダーフリー教育という制度やカリキュラムがあるわけではありません。

ジェンダーフリーという言葉は、1995年に東京女性財団が『ジェンダー・フリーな教育のために-女性問題研修プログラム開発報告書』という資料を公開したことから広まっていきました。しかし当時の意図とは対照的に、2000年以降はこの言葉が、「性差解消」や「人間の中性化」を意味するものだとして、批判する声が強まっていきました。

つまりジェンダーフリー教育は、実際的・具体的なカリキュラムや制度がないまま、その概念に対して双方から賛否が飛び交っている、曖昧な存在だと言えます。

批判者の主張

具体的に、ジェンダーフリー教育を批判しているのは、「親学」の提唱者や日本会議の参加者など、いわゆる保守系の議員に多いと言われています。

例えば日本政策研究センター研究員の小坂実氏は、「ジェンダーフリーは子供の健全な人格を破壊し、結婚離れを加速させる。そうなれば、家族が崩壊するだけでなく、社会の崩壊にも直結する」と指摘しています。また自民党の萩生田光一議員も、ジェンダーフリー教育について批判的な見方をしています。

いずれにしてもこうした批判者からは、ジェンダーフリーは「性差解消」や「人間の中性化」をもたらすといった声や、日本の伝統的な家族や社会が壊れるという危惧・批判が主張されています。

極端なケースは実際にあるの?

しかしそもそも、批判者が主張する下記のような事例が、実際に学校や教育において制度化されているわけではありません。

  • 小学生の男女が、一緒の教育で着替えていた
  • 小さい頃から、性器を見せてセックスの手順を具体的に教えていた
  • ジェンダーの役割を固定する可能性がある歌や話をすべて改変する

もしこうした事例があれば、ジェンダーフリー教育の弊害というよりは、個々の極端なケースが問題だといえます。

ジェンダーフリー教育の本来の意味は?

では、実際にはジェンダーフリー教育とはどのようなものといえるのでしょうか。

まずジェンダーフリー教育は、制度やカリキュラムではなく、時代に即したジェンダーのあり方を教育にも求める、一種の運動だと言えます。そのため、固定化されてきたジェンダー意識に変化が生まれている現在、その流れが教育にも及んでいくことは自然なことです。

その上で、ジェンダーフリー教育は、小さい頃から固定化された男女のイメージを変えていくためにも一定の意味があると言えます。もちろん、極端なケースや誤った事例が広まっていくことは問題ですが、例えば「女性は家事をするべき」や「男性は強くなくてはいけない」というイメージによって、苦しむ子供がいるならばジェンダーフリー教育によって、その認識が変わっていくことも可能かもしれません。